臨時ニュース、です。

今使っているアップルのOSが10.3で、現在は10.6だそうで・・・
なにが何だかよく分からないのですが、メールの受信と発信が出来なくなりました。
改善するにはOS10.4以上が必要だそうで、それには四万円かかるのだそうです。
でもその10.4も何時まで使えるか風前の灯で、新しいマックは五年前四十万した今のものより性能も画面も大きくて11万円。
お得ですよ、とアップルストアー。
悔しい・・・・。
負けた気がするが、あまりに一人の力は小さいね。
ということでしばらくメールは通じません、電話とか手紙下さい。
こうなると電話ですらアナログな感じがする時代。

寄る年波の話。



とうとう今年もカレンダーがあと一枚になってしまった。
カレンダーの紙も頭の髪もね、少なくなって気がつくよな、もう少し大事にしておけばよかったと。
ぼやいたところではじまらないけれど、このままやり過ごせばまた新しい一年が来るさと、ちょっと前なら思っていたけれどこの頃はそう気楽ではいられない年齢だ。
先週座骨神経痛らしいというので病院に行ったら、名前が呼ばれるまで一時間
問診15秒、先生曰く「座骨神経痛かな?検査しましょぅねっ」。
レントゲンにはじまり骨密度の測定、電気治療に温熱治療、牽引治療ときてウオーターベッドを各十五分ずつはさんでMRIときた、ここまでしめて約三時間。
この間検査用のモックのようなものに着替えさせられ、携帯もメガネも現金も病院のロッカーに封印されてしまった。
この年になって幼稚園児が着るようなスモック一枚で、膝から下は素足にスリッパだけという格好で待合室に投げ出されると、今までの自分は一体なんだったんだという気分にさせられる。
願はくば知り合いにだけは会いたくない。
もちろん狭い島のこと三時間も同じところにいて誰とも会わないわけが無い。
さしみ屋のおかぁーさんに漁協の組合長とどめは常連のインストラクターまで。
「いや、たいしたことは無いんです、ただの検査で、すみません・・・」
なにがすみません何だか自分でも分からないけれど、人は着るもの一つでプライドを奪われるということが分かった。
とどめはMRIだった。
コンクリート打ちっぱなしにベージュのペンキを塗っただけの無味乾燥な空間にどんと置かれた怪しげな機械。
寝ると身体がぶれないようになのでしょう砂袋くらいの重さのベルトで身体が固定される。
「えんどうさん、十五分くらいかかりますからねっ、気分悪かったこのボタン押して下さいね」
モーターの音とともにベージュの筒が視線を遮った、ぼんやり明るいけれどどこにもピントが合わない。
首が動かせないから天井を見るしか無い、目をつぶればいいのだけれど、一度入り込んでしまった不安から人はそう簡単には抜け出せないらしい。
そこからはほぼパニックだった。
心拍数が上がるのが分かる、背中と額にいやな汗をかいているのを自覚できる。
どのくらい過ぎたときだろう、きっと一分も経っていないに違いない。
妙に首の辺りが苦しい、限界だった。
ボタンを押すと数人の駆け寄るスリッパの音が聞こえ、どうしました!あちらも何事だろうと緊張した声。
手早く砂袋をはずされ、うちなんちゅうの毛深い腕で抱き起こされて、大丈夫ですか!
「すみません、ぼくちょっとばかり閉所恐怖症なんです」
毛深い技士は笑いもせずに、そんな風には見えないけどね。
四時間を要した検査後の先生の見立ては“座骨神経痛”、出た薬が七種類。

谷口譲(仮名)



たぶんこの人のことは以前触れた気がする、たしか二年か三年前。
はじめは“なつや”にお客としてきたのです。
カウンターの一番手前、入口に近いところに座って、マッキントッシュのノートパソコン(そうあのリンゴマークの)を広げて一人で呑んでいた。
べつに不思議な光景ではなかった、一人でダイビングにやって来る男性にこのタイプは少なくない、今日撮影した水中写真を肴にちびちびやるのである。
経験上店としてこのタイプに声をかけるのはタブーである。
パソコン=ビジネスマンと直線に結びつけて、“お仕事ですか”などとお愛想をむけるものなら爆弾を踏んでしまう。
「これね、今日ボクが撮った写真、ニセアカホシカクレエビにヒレナガネジリンボウ、そしてこれ、これなんてミドリリュウキュウウミウシしかもベイビー!マスター見たことある?」
「石垣島来てマンタ追っかけてるうちはまだ本数少ない人達だよなっ〜、ねっ、ねっ!」
なぜかこのタイプはマクロ写真マニアが多いのも特徴だ。
だから彼、谷口譲(仮名)が弊店を訪れてくれたときも、極力触れないよう心掛けていた。
爆弾を踏んでくれたのはカウンターで同席した常連のおじーだった。
「えっ君カメラマンなの、見せてよ、えっなに、仕事があれば石垣島で暮したい、よし!ワタシが仕事紹介してあげる」
かくして谷口譲(仮名)はその一ヶ月後那覇を引き上げて石垣島に越してきた。
略してしまえばこんな感じだったのだけれど、最初から彼がカメラマンと言ったわけではないらしい。
よく聞けば当時48歳の谷口(仮名)はいろいろ人生あったけれど、何時かは海の写真、それもウインドサーフィンの写真を撮って世界を渡り歩き、それを生業として暮したい。
故に今はお金のために土木作業をしているけれど、自分の志は本気だと切々と本気まなこをこちらに向ける。
そこまでいわれればぼくも聞んわけにはいかない、“写真の経験は?”。
「いやね仕事の経験はないんスけどね、写真は永いですよ撮りはじめて、大丈夫!」
爆弾としてはマクロマニアよりたちが悪い、そう思わざるを得ない。
けれど考えてみればぼくも齢五十にして漁師になりたいなどと、それは突拍子も無い夢を持って石垣島に来ている、人のことが言える資格はない。
谷口(仮名)はあれから三年、土木作業でお金を貯め先週石垣島に写真事務所を起ち上げた。
51歳になった彼は今毎日“なつや”二階のチキン台風をスタジオ代わりに料理の撮影を勉強している。
年はいくつでも本気なヤツは夢を夢では終わらさないもの、何でもやってみなけりゃね。
応援するぜ!谷口譲(仮名)。



季節の替わり目、は。

何だかここのところ方々で人が亡くなるニュースが目につく。
季節の替わり目だからだろうか、異常気象も関係しているのか。
加藤和彦さんは自殺だったけれど。
一度もお会いしたことは無かったけれど、ぼくがオフィシャル撮影をしているつのだ☆ひろはかつて氏が主宰するサディスティックミカバンドのメンバーだった。
ひろさんは氏から少なからず音楽的影響を受けたと言っているから、そのショックは察するに余りがある。
森繁久彌さん、大往生ですね。
でも氏からまだ教授してもらいたい方々からすれば、早すぎる死ですね。
10年ほど前格闘家の前田日明とヨットのレースを画策していた時によく通った、東京湾マリーナに森繁さん所有の“メイキッス”が係留してあった。
ヨーロッパ製のモータークルーザーでデザインといい機能性といい、仕事を忘れて一日眺めているだけで飽きなかったことを思い出す。
あの頃から十年、そして石垣に移住して五年、ぼくも“早すぎる”という年齢でもなくなってきた。
二週間前石垣島でもある船長が亡くなった。
その日の漁業無線がいつもと様子が違うのはナイチャーのぼくにも察しがついた。
日常の漁業無線は定時の天気配置や当日の競り値の他は、漁船同士の情報交換が主なもの。
漁船同士の会話はうちなーぐちに漁師の専門用語が入るのでぼくには未だ一文も解読できない。
だが二週間前のあの日の会話には、くり返し船長を呼び出す漁協からの問いかけ、おそらく周辺の僚船が保安庁のヘリを見つけた位置など、漁師が日常使わない単語がたくさん含まれていた。
船長は石垣島から南西に40マイルの沖の神島を目指していたらしい。
死因は脳溢血、気分が悪いと仲間に携帯をかけてから連絡が取れなくなった。
無線が理解できる周辺の漁船は操業を止めて捜索に加わった。
船長は走り続ける船内でスロットルを握った状態で発見されたとのこと、速度は最減速だった、これをコントロールするのが精一杯だったのだろう。
ヘリで搬送されたけれどすでに心肺停止だったらしい。
船長とはまだ一ヶ月の付き合いだった、なにか質問すると“海に聞け、海に出れば何でも教えてくれるさぁー”答えはいつも一つだった。
来年温かくなったら一緒に乗ったらいいさぁーと、医者嫌いだった船長は享年60。
漁師が海で死ねれば本望かもしれないが、これから聞くことが沢山あった、損得有りで早すぎます。

ホリのおじぃー。



“ホリのおじぃー”と呼んでいる。
後ろに写っている“和代丸”の船長だ。
昭和七年生まれなので今年でいくつになるのか、かれこれ八十近いはずだけれどこの通りの屈強な肉体を維持している。
“孫は十人、ひ孫も十人いるさぁー、もっといたかな?かぁーちゃん”
おじぃーから“かぁーちゃん”と呼ばれる奥さんは海が大好きで、腰を悪くするまでは和代丸で一緒に漁に出ていた。
“かぁーちゃんがグルクン釣ったらぼくよりうまいさー”
色白できゃしゃにさえ感じる小柄な“かぁーちゃん”は他の島のおばぁー達と少し感じが違う。
聞けば出身は青森県だという、“かぁーちゃん”のお父さんは戦前に西表島の炭坑に働きにきてその時に八重山で生まれた。
暮したことはないけれど青森も海の近くだったしここも海に囲まれている、だから私は海が好きだと笑う。
町内の誰もが認めるおしどり夫婦は、“かぁーちゃん”の体調さえよければどこに行くにもおじぃーの運転する車で一緒に出かける。
週末なら軽のワンボックスに何人かの孫とひ孫が加わる。
先週おじぃーからエンジンのメンテナンスを教えてもらう約束をとりつけた。
おじぃーは沖縄がまだ“アメリカ世”の時代に一級機関士免許を取った。
パーツの説明が英語混じりなのはそのせいで、ボルトやナットもインチで表現する。
“エンドォーさん、イチインチのレンチとって”
・ ・・・・・
自由に振り向くこともままならない狭い船の機関場はそれだけでも息苦しい、あごを上げると天井をはう様々なパイプのどれかに頭をぶつける。
天井の甲板は八重山の太陽に照らされ揮発した油類は室内に充満している。
そして港に舫われた船は他の船が通過するたびに重く揺れる。
“エンドォーさんこのパイプが詰まるとデェージさ、フウッっと吹いて”
重油を満たしたバケツから取り出した金属のパイプを、口で吹いて中の詰まりを吹き出せという。
こんなことならメシは食わずに来るべきだった、脳内温度は上昇し背中は冷や汗が流れている、パイプの詰まりを解消した瞬間に朝飯を詰まらせそうな気分だ。
“ホリのおじぃー、ちょっと、ちょっとだけ休憩”
返事を聞く間もなく這いつくばって機関場から出ると、岸壁に停めてある軽自動車に“かぁーちゃん”が乗っていた。
エンドォーさん、頑張るね。
ここは照れることしか出来ない。
後から出てきたおじぃーは炎天下のかぁーちゃんが心配だから今日は止めにしようかという。
そうそれがい、かぁーちゃんがなんと言おうがいそれがいい、今のぼくにはエンジンのメンテよりも船酔いを克服しなければならない。
ホリのおじぃー、漢字では保里と書く。

今日はユークイ。



今日の石垣島は三日間続いた旧盆の最終日、地元ではユークイという。
ユークイとは漢字では“世乞い”と書くらしい。
ユークイの今日島の出身者が経営するお店はほとんどシャッターが下りている。
この三日間は海人も海には出ない、お盆になると先祖達はウンケイと呼ばれる初日に海から島に帰ってくる、そしてユークイの日に海に帰ってゆく。
この禁を破って海に出ると先祖とともに、海に連れてゆかれると言い伝えられているからだ。
“なつや”の愛艇“千夏”もこの三日間はエンジンに火が入っていない。
ぼくもいっぱしのうみんちゅうですから、と言いたいところだけれど事実は他にある。
31日から石垣周辺の波が高くなっているからだ。
今日現在発生している台風は、先日関東地方を通過した台風11号が最新。
この数年の経験からだと石垣島には八号と十三号が上陸するケースが多い。
当然十一号の次は十二号、十三号だ、昨年も九月十日に十三号が発生し十三日に石垣島を暴風圏に巻き込んだ。
今石垣島にうねりをもたらしているのは、石垣島の南東に停滞した熱帯低気圧があるためだけれど、これが十三号に発達するとのんびりもしていられないことになる。
前回石垣を通過した八号台風から約一ヶ月、石垣近海の海水温もだいぶ高くなっている。
台風に与えるエネルギーが蓄えられていると言ってもいい、何時来てもおかしくない条件が整っている。
はぁーっとため息まじりにカレンダーを見たら、第四週の19日からカレンダーは連休がずらりと列でいるじゃないですか。
だめだめ!こんな週に台風がぶつかりでもしたら、観光の島石垣にとっては大打撃だ。
ここは全島民及び今日あの世の帰ってしまう先祖の力も借りて、来週あたり十三号が来てしまうことを祈るしか無い。
いやね、来週とか行っているのが贅沢なら明後日でも、いや明日でもいいですよ、第四週よりは。
今年もふっと気がつけばもう九月だ、政権交代やらインフルエンザとなにかと落ち着かない毎日だけど、あんまりがんばらないでくださいね。

写真のさかな名前はアカモンガラというらしい。
”なつや”ではもっぱらデビルくんとよんでいる。
なんでかねこのキバ、なにも赤くなくともいいのに。
気の毒といのうべきか、かわいいというべきか。

地震雷火事おやじ。

「地震・雷・火事・おやじ」、怖いものを伝える慣用語だけど、たしかにどれも怖い。
この怖さに比べたら台風は予測が出来る分かなり気が楽だ。
それに台風は自然の生き物にとって、被害ばかりでなく少なくない恵みを与えてくれるという側面がある。
海がかき回され必要な酸素が行き渡り、山には水が恵みとなる。
めぐりめぐって人にも恩恵が回ってくる。
「風が吹けば桶屋が儲かる」、「台風が吹けば“夏屋”も儲かる」かも、聞いたことはない。
なにはともあれ台風は悪いことばかりではない。
神がおこすことにむだはないと、はいうものの地震もどこかでなにかに恩恵をもたらしているのだろうか。
雷の恩恵というのもすぐには思いつかない、火事はどうだろう。
どこかの消防隊員が“泥棒は個人的損失だが火事は国家的損失だ”と言ったのを聞いたことがある。
静岡で先月震度6弱の地震が起きた、静岡は知りあいが多いのでお見舞いでもと考えているうちの一週間後に石垣島でも震度3の地震が起きた。
お見舞いをする前にたくさんのお見舞いやメールをもらってしまった。
普段地震と縁のないところでの震度3はかなりの揺れに感じたのに、震度6となるとどれほどのものか。
偶然にも先週つのだ☆ひろのコンサート撮影のため焼津に行った。
幸いたいした被害はなかったと出会う関係者は言うものの、移動の車からは堅牢な農家の屋根がブルーシートに覆われているのをたくさん目撃した、瓦が落ちてしまったのだ。
今回のマグニチュードが6.5、関東大震災がマグニチュード7.9、数字の差は1.4に過ぎないけれどパワーは百倍も違うらしい。
考えるだに恐ろしい、ただただそんな日が来ないことを祈るしかない。
で、最後の“おやじ”ね、これは平成の世では死語だね。
おやじを怖いなぞと考える輩が現在この日本に存在するだろうか、少なくとも我が家周辺では見当たらない。
むしろこの語の中に“おやじ”が入っていることで、恐ろしいしいものを順番に並べたとういう、本来の意味すら伝わらない時代になってしまった。
コンビニの前でこギャルに聞けばすぐ答えが返ってくるはずだ。
“じし〜んっ、ちょっとぉ恐いけど、おやじってなんで?”
奴らにとっておやじは寄生する大事な栄養分でこそあれ、畏怖を感じる存在では無くなってしまった。
でもね、「地震・雷・火事・おやじ」どれも恐さを実感したときは、時すでに遅しという見方も出来ませんか。
“親の小言と冷や酒は後になるほど効いてくる”とも言いますから。
写真は埼玉県越谷市で柔道整骨院を開業している橘先生親子。
息子くんは十二歳にしてこの体格を持つ柔道少年、全身筋肉だ。
先生もついこのまえまで90キロあった体重を、最近75キロに絞ったという“アラカン”、つまりアラウンド還暦の猛者だ。
先生ともなんやかんやと十年を越えるおつきあいで、なにかと世話になっているけれど、猛者でありながらついぞ怖い顔というのを見たことがない(見た目が恐いということではなく)誰にも穏やかである。
でもね見ましたよ今回先生の怖いところを、顔は見えなかったんですがね帽子とサングラスで。
息子くんがちょっと道から外れそうになると、ぼそっと一言発するのを。
効果はてきめんだね、日焼けした少年の表情がすっと白くなる、二日間の船の上で熊の親子と釣をしているようだった。
まだ探せばいるんだね恐いおやじが日本にも。


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