<< 新年あけましておめでとうございます。 | main | 居酒屋と古典酒場 >>

2009年初漁。

石垣島もなかなか寒い正月を迎えています。
最高気温18度、最低気温15度、暮れから太陽がまるで顔を出してくれない。
風も強く波も高い、観光客の皆様には誠に申しわけない年始をむかえている。
せめて新鮮な魚を店頭に並べるべく初漁に出たい、といっても波の予報は四メートル釣りどころか港から出ることが出来るかどうか、迷った。
背中を押したのは岩淵シェフだった。
“行っていただかないと困ります!”
なにが“いただかないと”だよ、普段はため口なくせにこんな時ばかり馴れない敬語を混ぜるか。
ピリッとこめかみを走る電気を感じたものの、ここで躊躇すると一年なめられることになる、とりあえず海に出なくてはならない。
エサや釣り竿を車に積んでいる足下に、どこからかコーヒーのアルミ缶が飛んできて、そのまま人通りの少ない車道に転がっていった。
缶がアスファルトを転がる乾いた音だけが道路を独り占めしていった。
北風が強く寒すぎて観光客も出歩いていない、こんな日は必ず波でずぶ濡れになる、カッパを着込んで運転席に乗ると、 “なつや”の店内でシェフがTシャツで仕込みをしているのが見えた。
絶対にコイツは、少なくともこの瞬間だけは“優越感を感じている”そう見えた。
“千夏”の船首には元旦の昨日供えた、泡盛の三合瓶と塩ともみ米が供えられている。
三合瓶の半分は船首から船尾までの主要なところにかけお清めとした。
半分残った泡盛は塩ともみ米とともに、一年間船の中で漁を見守ることになる。
この頃は白米を供える船も見かけるけれど、昔は必ずもみ米を船に積んでいたそうだ。
小さな船で漁をすることが普通の島では、漁と遭難は背中合わせ、どこかに漂着出来ても白米は食べたらそれで終わってしまうけれど、もみ米なら増やすことが出来る、生きながらえることが出来る。
そういう文化が先島にはあると司馬遼太郎の“街道を行く”に紹介されていた。
米はそうして北上していったらしい。
いざとなれば“千夏”も漁師遭難→米北上という説の証明に一役買うかもしれないのである。
尤もこの北風なら北上できずに南下してしまうかもしれない。
なにはともあれ部下に対する見栄と、ちょっとしたヤッタ感を与えてくれる忍耐と、商売という欲をないまぜにした今年の初漁は一時間ほどで終了した。
“寒かったでしょう、心配してたんですよ風強まっているし”というシェフはTシャツに裸足のゾウリ履き。
どんなに時を経ても変わらないのです、この人は。

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
recommend
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM