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八重山で部分日蝕。

  

 月じゃありませんよ。
西表島に沈もうとする太陽、15日の夕日です。
日帰りの漁から戻って港に船をつけ、振り返ったら夕日が欠けて見えたんですね。
何とも思わなかったんです、そのとき。
今日の太陽は”三日月”かぐらいで実にさらりと、いやそんなことも頭に留まらなかった。
船の片付けをしてると先に帰港していたおじーが、日食かねぇと西の空を振り返っていたんですね。
日食?あっ!たしかに日食だ。
 半年前のあの日食のときすっかりマスコミに踊らされ、にわか日食博士かいというくらいYahooで調べガラスも買って、次の皆既日食は数十年後、もうこの目で見ることは叶わないなと軽く落ち込んだりしたのに。
いきなりですよ、今回はテレビも新聞も何んにも言ってなかった。
 情けないねこれだけ自然に囲まれて、自然の恵みを糧として暮らしてながら、日食一つマスコミが情報として扱わなければ目の前の太陽が欠けていても気がつきもしない。
今回だって”八重山で見る部分日蝕は今世紀最後!”なんて言われていれば(そうかどうかは知らないけれど)それはそれでまた”宇宙から見たら自分は小さいなっ”なんてため息の一つもついていたのかもしれないのに。
なんなんでしょうね人の気持ちの浮き沈みって。

詩人の金子みすずは”星とたんぽぽ”という詩の中でこう語っています。
    
    昼のお星はめにみえぬ
     見えぬけれどあるんだよ  
     見えぬものでもあるんだよ

いやいや金子みすずと自分を比べようなどと言っているのではないのです。
ただね、何が違うんだろうかと自問してしまう訳です”選ばれし者と”そうではない者の違いは何かと。
見えぬものどころか見えてるものも無いものにしてしまうこの薄い感性の情けなさね。
 でも時に神様はいるなと感じる時があるのは、この日釣りに同行していた谷口譲(仮名)カメラマンの一言でしたね。 
「日食っすかぁー、月も案外明るいんすねぇー」
「あれって、月の光を地球がさえぎって、その影で太陽が欠けて見えてるんすよね」
彼は確かにそのとき、本気でとなりの海人のおじーにそう言っていた。
おじーはなにも答えなかった。
彼も”選ばれし者”なのかもしれない違った意味で。



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