本日大晦日。

  おとといは”なつや”のクーラー二台がフル稼働する外気温28度の石垣島だったのに、昨日から冬に逆戻り今日の最高気温は16度、北よりの風が強く波も4メートルの大時化で釣りに行くことも出来ない。
今日は旧暦の大晦日、明日が新年正月だ。
ひと月半まえに内地式の正月を迎えたのだけれど、年が新たまっても”新暦2010年”は本日まで天候も落ち着かず魚も釣れず今ひとつ明るい材料が巡ってこない。
やはり第一産業従事者にとっては旧暦がその仕事と生活のリズムに則しているのかもしれない。
 ”なつや”は今日から旧暦で暮らすことにする。
ウミンチュウ”なつや”の新年は明日からだ。
今年も良いこともそうでないこともいろいろと有った一年だったけれど、明日からが2010年とスタートと決めよう。
都合良すぎるだろうと誰かが言ってますか、いいじゃないですかあんまり難しく考えなくても。
石垣島では高校の卒業式は例年三月一日と決まっているのだそうです。
ところが今年の三月一日は旧暦の祭り”十六日祭”とぶつかってしまった。
”十六日祭”はあの世の正月とされていて、石垣島ではこの日どこの墓の前でも一門が集まって飲めや歌えの宴がもようされる。
その先祖供養の大事な日と卒業式の日が重なってしまった。
当初学校側は例年通り卒業式を慣行しようとした、これに父兄が意義を申し立てたらしい。先祖供養と卒業式を同じ日に出来るかと。
結局石垣市にある三つの高校の卒業式は三月三日に延期されたとのこと。
なぜ二日でなくて三日になったのか。
”十六日祭”と”卒業式”めでたくはあるが、二日も続けて酒を飲むのは島んちゅうでもちときつい、一日休肝日をということらしい。
本当かよって?このくらいのことを石垣島では笑い話にも都市伝説にもならない、ごく日常の”生活の配慮”ですね。
さぁて今夜が大晦日と決まればさっさと仕事片付けて一杯やる準備だ。
 ”なつや”で一年半一日も休まずアルバイトしてくれた里穂も三月三日の高校卒業後は生まれて初めて島を出る。
2010年誰にも良い一年になってほしい、里穂を頼むぜナイチャー!。






台風8号通過中。



台風八号が接近している。
石垣島の南東海上で発生したこの台風はスライドするように西に移動し、石垣島の南の海上で真上に北上をはじめた。
“こんな風にスライドする台風は、足が速いからさっと行ってしまうさぁ”
と宮良に住む知りあいは言っていたのだけれど、早いどころか時速15キロでのんびり石垣に近づいている。
べつにいいのである、台風対策は早め早めにするに越したことはない。
幸いに台風の中心は石垣島から西に200キロほど離れている様なので、大きな被害もなさそうだ。
(もっとも西に200キロの所は台湾の中心部に位置するので、台湾は台風八号の直撃にあってしまうことになる。それほど石垣と台湾は近い。)
多くの観光業は週末の台風は少なからず売上げに影響するだろう、でも長い目で見ると島に住む人にとってはちょうど良い骨休みになっているようだ。
“なつや”もこの週末の予約が全てキャンセルになった。
でもこの南の楽園に暮していると天気さえ良ければ、毎日が夏休みみたいなものでつい働きすぎてしまう。
グルクンからはじまってマグロまでの釣は云うに及ばず、シュノーケリングでサザエや高瀬貝を獲って、ナイトダイビングなら伊勢エビもねらえる。
西表島や波照間島へも条件が良ければ1時間ほどで行けてしまう。
川にはうなぎやスッポンさえいるので、川探検を本気で考えたら何日かかるか想像もできない。
もちろん水辺だけでなく山には山の楽しみがぎっしり詰まっている。
遊びに事欠かないこの島の暮らしで、つい歳を忘れてその気になっていると、ある瞬間にどっと疲労が襲ってきてエラいことになる。
晴耕雨読は身体の為にも必要なことのようだ。
今夜はお酒を控え目にして本を読むことにしよう。
何かと問題が指摘される北京オリンピックも、あと二週間足らずで開催される。
激動する世界情勢の“ウラ”を知りたい時、わたしは「ゴルゴ13」を読むことにしている。
強い風が上空でうなりをあげている、たまにはすこしだけ島からは馴れて世界のことに思いを馳せてみることにしよう。
今夜はそんな、大人な気分だ。

石垣島豊年祭



観測史上の最高気温はどこで何度だったかご存知ですか。
答えは1921年7月8日にイラクのバスラという所で、58.8度を記録したそうだ。
この気温、どんなでしょうかね,風呂なら入れない
地球温暖化の影響が今よりも少ないあの頃での気温、この先どうなるのでしょう。
イラクもイランもますます暮しにくくなるのに。
人は体温が41、42度になると生命に危険があるらしい。
今日は京都舞鶴で38.5度になったとのニュース。
忌まわしい事件が多発し、容疑者が幼年化して、地震までが頻発する。
どうすりゃいいんじゃぁー。
五十を過ぎたおじさんだって、小さく叫ぶくらいしかぶつける先を知らない。
改めてこの五十年を振り返ると、生まれた時にテレビはまだ無く、東京タワーももちろん無かった。
よく言われることだけれど貧乏だった、みんな貧乏だった。
あれから半世紀よくもこれほど便利になったものだと思う。
今となってはインターネットに携帯電話、どちらを失っても石垣島で暮せる気がしない。
車は石垣島で暮す限り最悪我慢は出来る、エアコンも何とかなる。
ウオシュレットは云うに及ばずだけれど、洗濯機は無いとまずい。
Tシャツに短パンくらいの軽いものばかりだけれど、これを手で洗うとなるとかなりの時間と労力が必要になる。
かわりに掃除機を差し出そう。
冷蔵庫を取るかわりに電子レンジはあきらめてもいい、足りなければコーヒーメーカーをつけてもしかたが無い。
冷たいビールと決別するのは楽ではないけれど、泡盛の水割りが残ればなんとか平常心は維持できるかもしれない。
昨日まで八重山の各地で夏の祭り“豊年祭”が各地で開催された。
ぼくの暮す美崎町からほど近い“四か字”の豊年祭を見に行った。
海人の“ハーリー競漕”に対して、“豊年祭”はハルサーの一大行事。
願うのは“五風十雨”“天恵豊”、素朴だけれどなるほど地に足がついている。
素朴に耐えられる人々がいなくなれば、いつかは祭りも消えてしまうのかもしれない。


台風七号7/17午前。



昨日まで一月続いた青い空がどこにもない。
空は葛餅を広げたようなつやのない色でおおわれている。
雲にメリハリがないので、どのくらいのスピードで移動しているのか知ることが出来ない。
風はまだ本体のものではない、渦の周辺のちぎれたものが勢いでぶつかってきているという感じだ。
本体が何時来るのやら来ないのやら。
判断が迫られる。

台風七号。



大変だ、台風七号が発生して、石垣島に向っている。
きのう発生したばかりなのに、もう外は雲をちぎる腰の強い風が吹いている。
船は上げたけれど、明日は鶏小屋に店の台風対策、眠れない一晩がやってくる。

昼寝のススメ。(G8にもの申す)



先月の二十二日から石垣島は連日三十度を超えていると、八重山毎日新聞は伝えている。
なにがどうとは書いていません、そこが八重山毎日らしさです。
そんなこと島の人はみんな知っているのにね。
三年暮してみて感じるのは、石垣島ではまず三十三度以上に気温があがることはないということ。
それでもずいぶん暑いと思われるかもしれないけれど、海風がたえず吹いていて、街を離れれば緑があり、キビ畑にはスプリンクラーでたえず水を撒いているので、想像するより石垣島は過ごしやすい。
なによりも都会の様なヒートアイランド現象が少ない。
たまに東京に帰省するとあのコンクリートをなめてきた、ドライヤーのような熱風は堪え難いものがある。
難しいことは分からないけれど、これも地球温暖化の影響なのでしょうか。
石垣島より北に位置する東京の方が、気温があがっているわけですね。
そこで一つ疑問が生じたわけです。
石垣島では昼間の暑い時間はだいたい休憩するか昼寝します。
畑に出ている人なんかいませんよ、海人ですら浅瀬にアンカー打って昼寝している。
日中小魚釣っている船といえばたいてい観光客か、“千夏”の船長くらいとよく言われます。
それなのに都会ではスーツを着てあの暑さの中せっせと働いている。
一昔前の東京は沖縄より暑くなかったのだから働けたのかもしれませんよ、でも今日東京は沖縄より暑くなってしまった分けでしょ、温暖化で。
沖縄と東京が気温上は逆転してしまった。
それなら暑い昼間は休まなければいけないでしょう、生き物の生理として。
八重山人はてーげーで、ややもすると怠け者のように言われますが、暑いところで暮す為の知恵、文化が長い年月で培われたわけ。
このごろは危ない人が増えている日本だけれど、ひょっとして暑い中で働き過ぎているからと思いませんか。
サマータイムなんか設けて早起きするより、午後一時から四時までは“都会人昼寝の時間”とかにしたらだいぶ感じが変わるように思うのだけれど、co2も減るし。
せっかくかりゆしシャツを受け入れたのなら、もう少し掘り下げた沖縄の暮し方も取り入れてはいかがなものでしょう。
暑いところで暮してきた大先輩ですから、八重山人は。
今は真冬のはずの南極の氷河が、今年は解けているらしいですね。
どうも地球温暖化とは最高気温が上がることよりも、最低気温のアベレージが高くなる方が深刻らしい。
そういえば高血圧も上が高いことよりも、低い値が高くなることの方が問題らしい。
co2と飲酒の関係?
地球も人も一緒ってことでしょうか、よくわかりませんが。


沖縄に住むと台風。



三日ほど前に台風三号と四号が、フィリピン沖で続けて発生しました。
三号はすぐに熱帯低気圧になったのですが、四号はどうも石垣にぶつかりそうだという予報。
島に暮していて何が大変だといっても、台風くらい大変なものもはない。
船を海から陸に揚げなくてはいけない。
鶏を小屋に押し込んで周囲を飛ばされないようロープで固定しなくてはいけない。
店の看板やドアが飛ばされたり、飛んできたものがぶつかってこわれないようネットを張らなくてはいけない。
やっと実ってきた畑のゴーヤーやキュウリ、ハーブ類は守りようがないのであきらめねばならない。
もちろん本格的に台風が島にぶつかれば観光客も来島しないし、島んちゅうも外出しないので店は閉めねばならない。
というもろもろの準備が必要なので、19日に石垣が暴風域に入ると予報が出たので、不測の事態に会わぬよう17日に船を揚げ、18日に鶏小屋を釘付けにして何もないことを祈りつつ通り過ぎるのを待ちました。
なにしろ石垣島は台風が発生してから、台風が通過する“最初の日本”なので、ニュースを見ながら台風をじわじわ知るというわけにはならない。
全日本人が見る台風の災害映像は石垣島がいつも最初ですから。
どんなに日々注意していても、たまたま二日間引きこもりました、なんていっていたら頭の上を通過中てなこともあり得るのです。
そして19日、台風四号は石垣島をかすめることも無く、昨晩ほんの少しだけ石垣島の雨雲を刺激しただけで東の海上を通り過ぎてゆきました。
今朝は鶏小屋を解放し、船を港にもどして夕方になってしまいました。
店の防護ネットは天気予報図を見ながらぎりぎりまで張らなかったので手間が一つはぶけた。
おかげさまで畑のゴーヤーもキュウリも無事でありました。
台風四号は来なくて助かったのです、助かりはしたのですが肩すかしの感は否めません。
四月にこんな本が発売されまして、ぼくの移住体験談も載っています。
ぼくのページは移住の参考になるとは思えないのですが、他の方の体験談やデーターは詳細です。
よろしかったら書店で見て下さい。


祝サザンクロスウエディング。



いよいよゴルデンウイークがやって来た。
この大型連休を利用して、石垣島や八重山に来る人もいることでしょう。
いいなー、楽しかったんだろうな、この日を迎えるまでも。
カレンダーの日にちが一日一日右にずれてゆくのが。
石垣に暮らしはじめてから、カレンダーとすっかり疎遠になってしまい、曜日感覚とか祭日が来る待ち遠しさを失ってしまった。
うみんちゅうのカレンダーは潮の満ち引きを知る潮見表、給料もボーナスもないので毎月25日が待ち遠しいということもない。
たまに釣れる大物がボーナスと言えなくはないけれど、奴らはいつ釣れるか事前にわからないので、日々我慢に我慢を重ねてどーんっと“明日はすき焼きだ!”という楽しみには結びつかない。
釣れた日にすき焼き食べたがために、船の油買えませんでした、なんてなったら元も子もないのですから。
“このごろ”千夏“動いてないねー、なんかあった!”
“あーなつやのバカマスター、アカジン一匹釣って喜んで、すき焼きで船も動かんさー”
“このごろよー、こんなのけっこう多くない、石垣に”
“だっからよー”
八重山漁協のうわさ話は本当に怖いですから。
話は横道にずれました。
今日もう一組本日を楽しみにしてきた二人が石垣島に来ました。
池田浩之さんと志保さん。
本日二人は石垣島で挙式を上げて、波照間島で披露宴をするためにウエディングドレスのままチャーター船に乗り込みました。
二人の出会いのきっかけになった民宿“みのる荘”のご主人が、各方面に尽力をしてこの企画を造ったそうです。
今夜星空観察タワー前の多目的広場で、波照間青年会協力の大パーティーが開かれています。
晴れていれば上空には満天の星が輝いているはずです。
この時期には南の水平線に南十字星も見えるはずです。
日本最南端の披露宴はちょうど今頃カチャーシーとともに佳境を迎えていることでしょう。
僕はといえば連休初日だったことを忘れ、今日の披露宴に参加するつもりで船に乗り写真を撮っていたらスタッフから電話をもらい、たった一人でチャーター船の帰り便で石垣島に帰って来た。
波照間島にはたったの五分の上陸だったけれど、桟橋正面には二人が乗るための“みのる荘”特製のオープンカーが待機していた。
オキナワってすてきでしょ、やっぱり。

トライアスロン参加。



今日の先付け 空豆の炭火焼。

トライアスロンに初参加した。
1500メートルのスイムとバイク40キロ、そしてラン10キロ。
これが第二十回石垣島トライアスロン2007だ。
昨日まで数日続いていた好天が、今日はあいにくの曇りから洪水注意報が出る雨になった。
初参加にはきつい天候だが心して頑張らなくてはいけない、決意も新たに午前八時のスタートに備えて早めに家を出た。
身支度は三ミリのウエットスーツにライフジャケット、ポケットには水のペットボトルとチョコレートを入れた。
八時スタートの一般の部からはじまり、午後一時にワールドカップの女子、午後四時スタートのワールドカップ男子の部まで今日はフル出場だ。
カヌーに乗ってスイムのレスキューのボランティアとして。
ええっ、そりゃー大変ですよカヌーとはいえ一日ですから。
“あんた出たんじゃないのか”って、無理です。
スイムは足ヒレ無しで泳いだことなんか無いし、バイクなんてママチャリだって一キロもこげばこのごろは薄くなったお尻が痛くなってしまうていたらく。
ましてやランなんて、一般の部一位の人がゴールに近づいたので、試みに50メートルほど全力で並走してみたけど、抜かれた。
その後は酸欠で気分が悪くて、しばらく焼きそばの屋台のニオイもかぎたくないほどでしたから。
何でも最高齢の参加者は六十を超えていたらしい。
どんな練習を積み重ねて来ると、こんなハードなスポーツに耐える体が出来上がるのか聞いてみたい。
聞いてもやれないけれど。
何はともあれ1400名が参加した一般の部と、150名が参加したワールドカップの部、それらの選手以上の数のボランティアが今日の大会を支えていた。
スイムの会場になった登野城漁港には、何十人もの知り合いのダイバーが、選手達の安全確保のために一日冷たい海に浸かっていた。
市内の高校生たちもトイレの清掃から、ランの給水所までたくさんボランティアとして参加していた。
バイクが走る所どころでは、街の有志達が三線やエイサーで応援していた。
47000の人口の島が一丸となって今日の祭りを応援した。
懸念の大雨洪水注意報も“雨男,大浜市長”の挨拶が終わると、不思議なことに雲が切れ太陽がのぞいて来た。
来年は出てみるか・・・・・ありえないな。


確定申告。

確定申告最終日、未だ書類は完成していない。
部屋の中は打ち込み前の領収書が散乱している。
もっと前もって出来るだろうに、と思うのは夏休みの宿題をかかえた頃とどうも同じだ。
どうにか明日までに引き延ばせないかと、夕方石垣税務所に相談に行くも、所内は同じ悩みを持つ島民であふれていた。
十分列んでやっと相談員にたどり着き質問。
確定申告なんですけど、書類あーっ、税務所さんも忙しそうなので、明日持って来ていいですか。
八重山の役所はたまに島独特の融通が利く場合が過去にはあったので、目一杯媚びる声で聞いてみた。
“その場合課税対象に5%の罰金が科せられますねっ”と笑みも無くきっぱり。
ええっ、そうなんですか、今日は何時まで税務所は書類を受け付けていますか。
“深夜の十二時までに外の箱で受け付けてます”
今日中に書類を作ればいいんですね、その後課税金が決まってから納めればいいんですんね。
“納税は今日中にして下さい、郵便局で受け付けています”。
書類は深夜十二時までで、どうやって納税金額がわっかるんですか。
そこを税務所さんからお知らせいただかないと、納めることも出来ないじゃないですか。
こちらからすると、理解不明な説明にやや会話のトーンが上がる。
“納税金額は、送付済の書類に当てはめれば解るようになっています、自分で書けば納められるはず”
納税は今日中、書類は十二時まで、それが出来ないと罰金なのですね。
ほっといた自分のせいですから致し方ありません。
それにしても八重山には、敬語が無いことに時折とまどう。
役所の人がぶっきらぼうに返答しているのではなく、ごく普通の会話が内地と違うだけ。
このことを知らないちょっとタカビーな内地のマダムが、市内のお土産屋などで、店員の言い方が気に入らないともめているのを目にすることがある。
「つぎのあんた、なににするーっ」と、もし空港の食堂で言われたとしても八重山では普通の会話ですから、どうぞ腹などたてないで下さい。
僕も税務所さんには、決して腹などたてていません、八重山ですから。
もし同じことを東京で言われたら、クレーマーのように言っているかもしれないけれど。

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