なんの被害も爪痕も残すこと無く台風七号は、昨夜のうちに石垣島から遠ざかってくれた。
一昨日から始めた船の上架やニワトリ小屋の台風対策も、結果的には杞憂に終わった。
こいうことは取り越し苦労で終わることが一番望ましい。
空には青空が戻ったけれど、南からの風が十五メートルを超えているので、船を降ろすことは出来ない。
港のマグロ船も未だ舫ったままだけれど、こちらは強い南風だけが原因ではないと思う。
燃油の値段が高すぎて漁に出ることを控えざるをえないのだろう。
マグロ船でふと思い出したことがある。
ぼくらの年代だと金のないヤツがいると必ず、マグロ船でも乗るか、と言ったものだった。
東京下町生まれなので具体的な経験者も身近にいなければ、どんな方法で雇ってもらえるのかも知らずに言っていたことである。
マグロ船は金が残る、でもきついぞという、相手の状況を揶揄する慣用句の様な使い方だった。
飲み屋で割り勘が払えなければマグロ船、車がなければマグロ船、写真屋がカメラなければマグロ船だった。
ところが石垣に来て“揶揄”ではない“マグロ船”が存在することを知った。
冗談でも“じゃー乗ってやる”と言おうものなら、来週は東シナ海が暮らしの場所になる。
慣用句ではない普通名詞のマグロ船がここにはあった。
石垣のマグロ船は想像よりもかなり小さく、大型のバスほどの大きさしかない。
この思いのほか小ぶりの船は側面が鋼板で覆われていて、高波に襲われても浸水しにくい造りになっている。
職業用の機械はどんなものでもそうだが無駄が少ない、そういう造りになっているということは、そういう波が襲ってくるところで仕事をするとことだ。
国境が接する外洋まで出て一週間ほどの期間漁をするらしいのだけれど、経験者に聞くとやはりそうとう“きつい”らしい。
下働きは定給らしいが家賃と食費がかからない。
映画“パーフェクトストーム”を見た方なら想像がつくかもしれないが、一挙一動が命に関わってくる。
限られた人数の船内で即戦力を求められるはずだから、“マグロ船”などと軽く語れる一週間でないことは、今だから想像に難くない。
ここまで言っておいてなんだけれど、日帰りなら乗ってみたい。