遠藤政文フォトブログ

洗濯日和。



着れば暑いし脱げば何だか肌寒い二十四五度の本日、北風は相変わらず強い。
風が止んで波が収まれば釣に出られるのだが、明日も予報は波高四メートル。
波の高さはうねりの真ん中から測るので、ウエーブの下から測れば八メートルということになる。
“千夏”で出たことがあるのは三メートルまで。
今なら四メートルの波でもどこか釣が出来るところを見つけられそうな気がするが、そんな無意味な無理をするところが自分の悪いところだとこの頃気がついている。
そろそろ実年齢を自分の脳に言い聞かせなくてはいけない。
北風が強くて気温二十四五度、洗濯日和である。
ついでに窓という窓を開け放して掃除をすれば良いのである。
釣日和になれば一日海に出なくてはならない、そんな日が続けば洗濯カゴは否応無く一杯になる。
そういえばこの八畳間の向こう側三分の一に、ここ半年間足を踏み入れた記憶が無い。
飲食店の店主がなんと不潔なと疑う向きもあるだろうが、ここは断言しておかねばならない、大丈夫ですぼくは清潔なほうが好きですから。
それにこの部屋では基本的に飲食はしていないので。
使っていないちゃぶ台が部屋の隅に押しやられていて、その上に機材やら釣り道具が置かれているので不用意に足を踏み入れられないだけです。
不思議なものでこの上の物はどんなにうずたかく積まれていても、なんとなく映像として記憶していて、どこになにがあるかは把握しているのです。
そして八重山生活で一番の必需品“Tシャツ”は軽く百枚は持っているので一日に三枚着替えても一月は有に持ちます、大丈夫です。
ただ一つだけ告白すると、掃除と片付けが苦手なのです、洗濯は機械がするので苦は無いのですが干すのと畳むのがどうもね。
環境にやさしい乾燥機が出来れば良いですね、安価で。
“なつや”の姉妹店“チキン台風”ももうすぐ始動しはじめます。
沖縄本島で大事に育てられた“ヤンバル若鶏”だけを使ったローストチキンです。
石垣島に来たら一度立ち寄ってみて下さい。
昼はローストチキンを使ったボリュウムたっぷりのサンドイッチもあります。
このかっこいいデザインは古い友達の藤本アートディレクターが作ってくれたもの。
末永く愛されるようがんばります。
まずはここで御礼を。ありがとうございました。
明日は洗濯に掃除、釣り道具の整備・・・・の日ですね。
| - | 22:46 | comments(0) | trackbacks(0)
明日の心だぁー。
突然は身体に悪い。
つい一昨日31度にも上がった気温にうかれて、岩淵シェフと船の船底掃除をしたばかりなのに、今日の気温が21度。
凍えています。
今日からは二月以来のジーパンを取り出し、長袖のフリースを着込んだ。
それでも足下が寒いのでくるぶしソックスの二枚履きで辛うじてつないでいる。
あんなに暑かった石垣島も今日は雨まじりで冬の風が吹き荒れている。
石垣島に暮しはじめて三年、こんなに急に終わる“夏”は初めてだ。
21度、暖かいじゃないかって、そう思うでしょうけど人間上がっていたものが下がるって、急に上がる時よりつらいのです。
小室哲哉を見るまでもないでしょ、季節と関係ないけど。
そういう意味では秋という準備があるだけ、内地の冬の方が身体にはやさしいのかもしれません。
このごろ歳のせいか妙に寒さに弱い、北風が吹く頃になると一気に気持ちが弱くなる。
なんなんでしょうねこの感じって。
夏に赤塚不二夫さんが亡くなったでしょ、ぼくは小学校三年から「おそ松くん」の愛読者だった。
あのころ少年サンデーがたしか30円、一日の小遣いが10円だったから30円は貴重だった。
当時封筒にハンカチを入れてサインをお願いしたらちゃんと帰ってきた、今もどこかにあのサイン入りハンカチはあるだろうか。
10月には緒形拳さんも逝っちゃった。
生前一度もお会いすることは無かったけれど、鶴見にあるご自宅の裏の坂道にそれは見事な桜の古木並木があって、だいぶ前だけど春になるとロケで使わせてもらった。
そして先週が筑紫哲也さん、続くなぁ。
一度だけ日本武道館の控え室でお会いした記憶がある。
前田日明の控え室に “やあやあ、どう前田”という感じで入ってきたのを覚えている、前田日明を呼び捨てで。
Tvで見るよりずいぶん小柄な人なんだなーと、当時のツーショットはフイルムで今も残っている。
このところ偶然なのか予感なのかぼくの大好きな立川談志の本を何人かからいただいた。
家元は小学生の頃から何度も寄席で会っている、むろん高座と客席の関係で。
その後PRIDEのリングでリングアナとして一度だけあがったときに、試合後のパーティーで会った、そのときが家元に一番接近した時。
もちろん家元はこちらを覚えてはいない。
願わくばもう一度高座を生で聞いてみたい。
石垣島でなんて贅沢は言わないけれど、いつかもう一度と切に願う。
突然吹きはじめた石垣島の北風にすっかりめいっていたら、さっき“SMA×SMA”に家元が出ていた。
顔の艶は良さそうに見えたけれど、声を出すのがつらそうだった。
・ ・・・・・・。
いかんいかん、どうも歳を取ると冬の寒さが身にしみて、物事を暗く考えてしまう。
あっ、そうだ!
小沢昭一さん元気ですかー。

| - | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0)
高校生も釣れない。
昨日暦の上では立冬でしたが、石垣島は最高気温が30.6度もあった。
石垣島だからそんなもの、というわけでもなく平年より四五度は高いのだとか。
異常気象だとかなんだとか、もう云うのも聞くのもへきへきしますが、それでも地球のなにかが狂いはじめていることはたしかなようだ。
というのもあのいつでもどこでもどんなエサにも釣れてくる、ちょろいはずの“高校生”が全く釣れなくなっている。
“高校生”についてはこのブログで何度か紹介しているので説明を省きたいが、それでも誤解を招くといやなので改めて説明します。







和名をキツネウオといいます、“高校生”は石垣島の方言です。
グルクンの外道としてよく釣れますが、市場では引き取ってくれないので石垣の人は釣れても捨てています。
不味いわけではなく食味は白身で淡白でくせがなく、アブラの乗りには欠けますが、唐揚げや煮浸しにするとかなりいけます。
なぜ嫌われるのかが分からない。
近い将来海の資源にも限界がくれば、高校生といえども貴重なタンパク源になることは必至なのです。
ですからわたしはそのような不測の事態に備えて、今のうちから高校生の料理法を、日夜ああしようこうしようと模索していたわけです。
なのにこのごろはいかなる手練手管を駆使しても高校生は釣られてくれない。
石垣島には他に“浜崎の奥さん”という名の魚がいますが、こちらは今となっては超がつくほどの高級マダムぶりで、我が輩などでは三年間でまだ二度しか釣ったことが無い高嶺の花。
“浜崎の奥さん”の和名はトガリエビスといい、こちらは真っ赤な魚体にほどよくアブラが乗り、身離れの良い食感はさすが名に恥じないという感があります。
もちろん市場では絶えず高値がつきます。



なにはともあれ暑すぎるのです、気温も海水温も。
明日あたりから少し石垣の天気図も冬型になるようなので、それにつれて気温が下がってくれば、高校生達も石垣に戻ってくると良いのですが、どうなることか。
地上にもまだ夏冷めやらぬ“頭の熱い人”が居ります。
やれやれ・・・・・。


| - | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0)
チキン台風、発生。



石垣島の“なつや”もおかげさまで丸三年を九月に迎えることが出来ました。
これもひとえに“なつや”をご愛用いただいている、皆様のおかげと感謝しています。
この場をお借りして(自分のブログだから借りているわけではないのですが)石垣島にお住まいのうちなんちゅー、ないちゃー、そして大勢の観光客の皆様に御礼を申し上げます。
もちろんもちろん“なつや”が今日あるのは、他にも多くのお客さんに支えていただきました。
石垣島に仕事で来られちょっと一杯と、偶然来店なさったお客さん。
その後一度ならず二度三度と石垣島に来るなら“なつや”と,リピートしていただいている方もいらっしゃいます。
また来ると言っておきながらそれっきりの方、死んじゃったんですかね。
仕事ではなく観光する気分でもないのに、気がついたら石垣島にたどり着き、食欲なんてどうでもいいのに暗くなったからと入ったお店が“なつや”だった方。
そんなあなたの勇気ある一歩が今日の“なつや”継続の礎です。
まことに失礼ですが皆さんまとめてありがとうございました、これからも日々精進する覚悟です末長いご愛用よろしくお願いします。
で、まことに僭越ではございますがこの感謝の気持ちを、すこしでも皆様にお返しする方法は無いかと考えました。
考えて、そしてたどり着きました、“ローストチキン”の店を開店しようと。
なんで感謝が“ローストチキン”なんだよ!って、疑問ですか、ですよね。
どう説明したら良いものか。
えーっと、ローストチキンは美味しいです。
説明になっていない。
ではローストチキンは油を使っていないのでヘルシーです、メタボは沖縄の課題です。
これもダメですか。
ならば、焼鳥よりもかなり豪華な感じがします、子供も美崎町のお姉さんももらえば喜びます、しかもかなり安価です(ちなみに一羽丸ごと1900円)。
どうですかなり説得力が出てきたでしょ。
そしてとどめです、深夜まで営業します、食べたくなったらいつでもどうぞ。
何だか良く分からないでしょうが、一度お試しのほどよろしくお願いします。

なんだよ、広告か〜ぁ!
・・・・・まーぁ、そう言わずに・・・。
あっ、店の名前が“チキン台風”Chicken Typhoonです。
| - | 21:45 | comments(0) | trackbacks(0)
銀座一丁目”奈津”閉店



石垣島“なつや”が三周年をむかえた9月27日、銀座の割烹“奈津”が閉店した。
1981年の開店と聞くから27年間の営業だった。
ぼくが奈津に通うようになったのは、広告関係のクライアントに連れて行ってもらったのが最初だった、たしか85年か86年頃だと記憶している。
もう二十二三年の月日が経ってしまった。
今年六十五歳をむかえた奈津の旦那もまだ四十代そこそこだったことになる。
元相撲取りの旦那は身長が百九十センチ近くあり体重も九十キロ前後はあったはず。
耳はカリフラワーのようにつぶれている、一目でデカイと感じたものだった。
店内に空き席があっても一見さんと気に入らない客はバンバン門前払いし、当時予約は一切取らなかった。
気に入らない客との武勇伝は数しれないが、大事に至った話は一つも聞いたことが無い。
他の土地ならいざ知らず銀座一丁目界隈で、包丁持った元相撲取りとけんかするバカは幸い居なかったということだ。
旦那の功績ではなくあの界隈の客の品格も一役買ったということになる。
ってな話を本人にしようものなら間をあけず“ばかやろう!”の罵声を浴びることになる。
旦那の枕言葉はどんな時でも “ばかやろう”で、それは今日現在も現役なのである。
そんな言葉数に不自由のある旦那ではあるけれど、店内はいつも和やかな空気であふれていた。
どこかのTVに出てくる頑固だけが“売り”のラーメン店とは質もスケールも違っていた。
辮天という舟口の地酒が売りで、魚はその日に使うだけを旦那が毎朝築地の市場で仕入れていた。
活け〆の穴子は身が厚く白焼きが美味かった、醤油はつけるけれど本山葵の香りを生かす程度にね。
三浦半島佐島産の蛸は皮を引いて、白身だけがフグの刺身のように並べられている。
身が透けるほどの白身を豪快に箸ですくって、奈津自家製ポン酢にモミジおろしをそえる。
元相撲取りの真骨頂“ごますりちゃんこ”はボリュームがあるのに、なぜか雑炊までぺろっといけた。
ちゃんこまで手を出した日は決まってタクシーの世話になる日だった。
冬の楽しみは自家製“塩辛”。
釣好きの旦那が釣に出かけた翌日だけに供される一品は運だけがたよりだ。
塩辛だけに二三日後も旨いはずだが、塩辛というより“生烏賊の肝和え”というべきあの一品を翌日に残すほど奈津の客は無知ではなかった。
マグロの美味さは云うに及ばず、“のれそれ”に春を感じ“ほうれん草のごまあえ”やちょっと小腹の“すいとん”に、遠い懐かしさを見つけたものだった。
“やっこサラダ”も美味かったなー。
美味いものが消えてゆくというのはつらいなー、なんともつらい。
銀座も遠い街になってしまった。

旦那、女将さん、ありがとうございました。

| - | 21:48 | comments(0) | trackbacks(0)
今年も台風十三号”シンラコウ”



二年前八重山に大打撃を与えたのは台風十三号だった。
そして今回も十三号がやってきた。
十日にフィリピン沖で発生した台風だったが、翌十一日には早くも石垣の海に台風独特のうねりが出始めた。
昨日の十二日午前に石垣島は強風域に入り、夕方には暴風圏に入った。
それから丸一日をへて暴風圏をまだ脱していない。
最低気圧が935ヘクトパスカル、最大瞬間風速70メートル。
大きくて鈍い台風十三号は今も八重山を強風と豪雨にさらしている。
この連休を利用して石垣島を楽しみにきた方達には、まことに気の毒というほかない。
幸いなのは二年前の十三号で老朽していた箇所がだいぶ整備されたこともあり、いまのところ大きな被害は出ていない。
とはいえ今回の大きさになるとやらねばならない台風対策も多岐に渡る。
店も鶏小屋ももちろん船も風に飛ばされぬように、強力に結束しなければならない。
特に船は解放された海辺に置かれているので、たえず強風にさらされることになる。
右から吹いていた風があるとき左に変わり、また右とくり返すうちに固く縛られているロープが少しずつ緩みはじめることがある。
吹き続ける風のパワーというか根気というか、人の感覚では計り知れないものが台風には秘められている。
ここで安心して点検を怠ると後悔してもしきれない事態を台風後に直面することになる。
風が今までよりも強く吹いたと感じたらロープを点検に行かなければならない。
その都度着ているものが濡れるので台風時は洗濯物が増える、カッパなんか役に立つ雨風ではないのだ。
昨晩は二足ある長靴にも水が入ったので、幾度目かは島ゾウリで点検に行った。
どこかで油を踏んだのか帰ってきてからゾウリが滑る、それならお湯と石けんで洗うのが一番と風呂場に向った。
身体も雨でずぶ濡れなのでシャワーを浴びることにしたが、狭いシャワールームでしこしこしゃがんでゾウリに石けん塗って洗うのが、どうも格好がわるいのでゾウリを履いて洗うことにした。
頭を洗い身体を洗った石けん分は絶えず足下に流れてゆくので、たまにゾウリを足裏でこすってやれば油分は綺麗になる。
一石二鳥である、環境にも温暖化にも貢献している。
暖かいシャワーでほど良く身体も温まってきた頃、ゾウリの表面もキュキュとなってきた、良い案配だった。
がここで変な気分に気がついた。
シャワーを浴びて全裸なのに足にゾウリを履いていると、服を着ている錯覚が襲ってくるのだ。
ゾウリを履いている時は服を着ているとき、ぼくの脳がそう言っているのだ。
危うくシャワールームから全裸にゾウリという出で立ちで、出そうになる衝動を抑えゾウリを脱いだ。
これがボケから来るものでないことを祈るばかりだ。
嘘だと思ったらやってみて下さい。
| - | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0)
七月三十日(木曜日)



七月もみそかをむかえましたね、明日からは八月ですね。
早いなぁ。
石垣でぼぉーっと暮しているせいなのか、ヤケに月日の到来が早い。
でもなぁ、一般的にぼぉーっと暮していれば時間なんてものは、長く感じると言われているよなぁ。
矛盾しているなぁ。
ましてや石垣島は“ゆっくり時間が流れていますよぉー”、が売りの“島”なのに。
島の暮らしの諸般に照らし合わせてみても、五分十分を気にして暮すことはまずないなぁ。
最短単位は三十分かな、それでも時間を守れない“島んちゅうタイム”は、つとに有名な話だし。
たとえば弁当屋に予約を入れて、十分後に取りにきたらいいさぁ、と言われても出来ているのは絶対三十分後だしな。
だから取りに行くのも三十分以降、三十分以下の単位は全て三十分に含まれる、それが島時間。
そのくらい時間がぼやーっと、ぼやけている。
振り返ってみると二十歳に成るまでの二十年は長かった。
あのときと比べてみると、三十歳から現在までの二十数年は、二分の一か、いや、最近は三分の一位しか無いように感じるなぁ。
いやよくよく思い返してみればあの長い小学生の頃でも、どうしたことか夏休みだけは来たと思ったらもう終わっていたな。
一年の長さの感じ方は、年齢を分母にして割った数字が一年になる、と聞いたことがある。
一才の子供は一年割る一才だから一年は1、五十二歳の一年は52割る1だから当然五十二分の一年。
そりゃ早いはずだ。
一年を年齢で割られて、毎日が夏休みな石垣島で、しかも釣三昧の日々・・・・・。
あらためて考えればこれで早く感じない方がおかしいのかもしれない。
みなさん、癒されたくて石垣に来るならやめた方がよさそうですよ、だまされています。
こんな時間が早く過ぎてしまう島へ、一泊二日六島巡りとかで来ても、ちっともゆっくり出来ませんぜ。
石垣島は時間がゆっくり流れているのではなく、時間が早く流れているから、ゆっくり目で来ないと疲れちゃうよという島だな、きっと。
| - | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< November 2008 >>
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
LINKS
PROFILE